― 新聞印刷市場の構造変化と設備産業のゆくえ ―
新聞印刷を支える基盤設備である「オフセット輪転機」は、新聞社の生産体制を根底から支える重要設備であり、戦後日本のマスコミ産業の発展とともに高精度化・高速化を遂げてきた。しかし近年、新聞発行部数の減少やデジタル化の進展を背景に、新聞輪転機市場は歴史的な転換期を迎えている。本稿では、国内の主要輪転機メーカーの現状と、今後の将来性について丁寧に整理し、新聞印刷設備産業がこれから向かう方向性を考察する。
1. 国内の新聞輪転機メーカーの全体像
かつて日本には複数の輪転機メーカーが存在していたが、現在、新聞印刷用の新台製造を本格的に行っている国産メーカーは事実上三社に限られる。
- 三菱重工機械システム株式会社(MHI-MS)
- 株式会社東京機械製作所(TKS)
- 西研グラフィックス株式会社(Seikengraphics)
この三社が、長らく国内外の新聞社に輪転機を供給し、新聞印刷の品質向上に寄与してきた。
しかし後述のとおり、三菱重工機械システムは2024年に新聞輪転機事業からの撤退を公式発表しており、実質的には国内市場は「東京機械製作所」と「西研グラフィックス」の2社体制へ移行しつつある。
以下、各社の現状を詳細に見ていく。
2. 三菱重工機械システム ― 巨大メーカーの撤退が示すもの
2-1. 事業の歴史的な位置付け
三菱重工機械システムは、1966年に第一号機を納入して以来、延べ670台超の新聞輪転機を国内外に出荷してきた。高い技術力と製造品質に支えられ、国内新聞社の多くが三菱製輪転機を採用してきた歴史がある。
新聞輪転機技術においては、
- 高速印刷性能
- 省エネ設計
- 機体剛性・安定性
など多岐にわたる技術革新を牽引し、日本の新聞印刷産業の高度化に多大な貢献を果たしてきた。
2-2. 新台製造の終了と事業撤退方針
しかし2024年6月、三菱重工機械システムは新聞用オフセット輪転機の新台製造終了を正式に発表した。既受注分の履行をもって新規製造は停止し、その後は一定期間のアフターサービスのみに移行する方針である。さらに、アフターサービスも2036年3月までにすべて終了する方針が示され、新聞輪転機事業からの完全撤退が明確になった。
2-3. 撤退の理由
主な理由としては以下が挙げられている。
- 製造・保守に携わる熟練人材の高齢化
- 使用部品の調達難
- 新聞市場縮小に伴う将来の需要減退
- 製造体制・サプライチェーン維持の困難さ
新聞輪転機は極めて大型かつ専門性の高い設備であり、専用部材・専用技術への依存度が高い。市場縮小の中で体制維持を続ける採算性が低下したことが大きな要因といえる。
2-4. 今後の将来性
三菱重工機械システムは撤退方針を明確にしており、将来性は設備産業としてのソフトランディング局面と表現できる。
2030年代半ばまでの約10年間は、既設機の保守部品供給や改造案件で一定の需要が続くが、事業としては明確に収束段階に入っていると言える。
3. 東京機械製作所 ― 国内唯一の上場輪転機メーカー
3-1. 事業規模
東京機械製作所は、新聞輪転機を中心として発展してきた国内最古級のメーカーであり、現在も印刷機械事業を主軸とする上場企業である。
2024年3月期の連結売上高は約93.1億円、経常利益6.5億円と、中堅製造業として安定した規模を維持している。
同社は印刷機械を主事業とし、事業セグメントは単一であるが、
- 新聞輪転機
- 商業印刷機
- AGV(無人搬送車)などFA機器
- ICTソリューション
など複数領域へ事業展開を拡大しつつある。
3-2. 中期経営計画と事業戦略
同社は2023〜2027年の中期経営計画で、以下の戦略を掲げている。
売上高目標 100億円、営業利益 7〜8億円
事業ポートフォリオを
- 「輪転機事業」+「新規事業(AGV・FA)」+「ICTプラットフォーム」 の3本柱へ再構築
- コスト削減需要に応える次世代型輪転機
- 「COLOR TOP ECOWIDE Ⅲ」 の開発推進
新聞輪転機を主力としつつも、新聞市場縮小を前提に非新聞分野の強化を明確に打ち出している点が特徴的である。
3-3. 国内外での市場ポジション
三菱重工が新台市場から撤退するなか、東京機械製作所は“国内大手輪転機メーカー”としての地位を実質的に担う立場となった。
大手新聞社との提携・共同開発も進んでおり、既存設備の更新需要の受け皿として最も期待される企業である。
3-4. 将来性
新聞市場の縮小という構造問題から、今後の輪転機新台需要が大きく増えることは考えにくい。
しかし、
- 国内の既設機の老朽化に伴う更新
- 省エネ化・効率改善ニーズ
- 三菱撤退後の国内市場の空白
- 新規事業(AGVなど)の育成
などを踏まえると、企業としての将来性は新聞輪転機の外側まで含めて十分確保可能である。
中期的には売上規模90〜100億円を維持しつつ、FA・ICT領域で成長を図る“複合型機械メーカー”への転換が進むだろう。
4. 西研グラフィックス ― 多角化とアジア展開を強みとする中堅メーカー
4-1. 事業特性
西研グラフィックスは、新聞輪転機を含む各種印刷機械、搬送設備、自動化装置、OEM生産などを手掛ける中堅メーカーである。
企業としての多角化が進んでおり、新聞輪転機“専業”ではない点が他社との違いである。
4-2. 海外展開
同社は日本国内に加え、
- 東アジア
- 東南アジア(中国・韓国・インドなど)
に販売網を持ち、アジア市場に強い影響力をもつ。
欧米市場が縮小する一方で、アジアの一部地域では依然として中小規模新聞社の設備需要が存在するため、アジアでのポジション確保が強みとなっている。
4-3. 将来性
新聞市場そのものは縮小傾向にあるが、同社は
- 新聞印刷設備
- 自動化・搬送設備
OEM製造
など複合的事業を展開しており、新聞輪転機に過度に依存しないポートフォリオで事業を維持している。
中期的には、
アジア圏の更新需要+国内地方紙の効率化需要を取り込みつつ、非新聞領域で継続成長を目指す企業
と評価できる。
5. 新聞輪転機ビジネス全体の将来性 ― マクロ環境からの考察
新聞輪転機産業の将来性を語るには、新聞市場の縮小という大きな構造変化を避けて通ることはできない。
5-1. 日本の新聞発行部数の推移
日本新聞協会の公表データによれば、
2000年:約5,371万部
2024年:約2,662万部
この24年間で**約半減(53%減)**しており、しかも減少率は年々拡大している。
2023年でも前年同月比7%以上の減少と、歴史的にみても大幅な落ち込みが続いている。
5-2. 世界市場の縮小
世界全体でも、紙媒体の市場は数年連続で縮小しており、
新聞・雑誌印刷市場は2021年〜2028年にかけて年平均約 -2〜-3%成長
新聞出版業界全体も年平均 -3%前後で縮小
という分析が複数報告されている。
5-3. 設備投資への影響
輪転機は、新聞発行量の増減にほぼ比例して設備投資ニーズが動く。
したがって、マクロ市場縮小が続く限り、
- 新台需要は減少
- 更新サイクルは長期化
- 新聞印刷拠点の統廃合が進む
という流れは不可避である。
6. 総合評価 ― 新聞輪転機メーカーはどこへ向かうのか
以上の状況を踏まえると、国内の新聞輪転機産業の将来性は次のように整理できる。
● 三菱重工機械システム
新台市場からは撤退、2036年までに事業完全終了
将来性は「収束フェーズ」
既設機の保守需要が一定期間残るのみ
● 東京機械製作所
国内大手新聞輪転機メーカーとしてのポジションを継続
短中期:既存設備の更新・効率化需要を取り込み安定
長期:新聞依存度を下げ、新規事業の成長が将来性の鍵
最も「製造メーカーとしての継続性」が高い存在
● 西研グラフィックス
多角化とアジア展開により柔軟な事業構造
新聞輪転機市場縮小の影響は受けるが、
非新聞領域で補完可能な経営モデル
地方紙・アジア向けニッチ市場で生き残る可能性が高い
7. まとめ ― 輪転機産業の未来は「縮小と再編」の中にある
新聞輪転機産業は、国内外の新聞発行部数の減少という不可避の構造変化に直面しており、長期的には縮小市場であることは明らかである。その中で、各メーカーは
- 新台依存から、更新・保守・高効率化へ
- 新聞領域から、FA・自動化・海外市場へ
- 大型設備から、デジタル化・省エネ化ソリューションへ
といった方向へ事業構造の転換を図っている。
三菱重工の撤退は象徴的な出来事であり、国内の新聞輪転機市場は実質的に「東京機械製作所」と「西研グラフィックス」の二社体制へ移行した。これらの企業が、新聞産業の変化にどのように適応し、新しい価値を生み出していくかが、今後の国内印刷設備産業の行方を左右するだろう。
新聞輪転機という巨大かつ高度な機械は、時代とともに役割が変わりつつある。しかし、日本の印刷産業を支えてきた技術は確かに存在し、その技術基盤をどのように次代へ継承していくかが、業界にとっての重要なテーマとなる。



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