― 新聞印刷の技術力を再評価する ―
近年、新聞業界は「斜陽産業」と目されることが多い。発行部数の減少、印刷設備の統廃合、輪転機メーカーの撤退など、表面的な動向だけを捉えれば、衰退産業とみなされても不思議ではない。しかし、長年現場に携わってきた技術者の視点から見れば、新聞印刷工場には依然として高度で複合的な技術体系が息づいている。むしろ、他業種では代替しがたい“匠の複合技術”が集積していると言っても過言ではない。
新聞印刷は、単に紙にインキを付けて機械的に刷るだけの工程ではない。巨大な高速輪転機を中心に、メカトロニクス・電気制御・流体制御・品質管理・材料工学が高度に融合された総合技術であり、その複雑性は一般の製造ラインを上回る部分すらある。本稿では、輪転機と新聞印刷工程を通して、その技術力の本質を再評価する。
高速輪転機という“高速・高精度・大規模”の象徴
新聞印刷の中心にあるのは、毎時10万部超を処理する高速輪転機である。この機械の高度性は、次の三点に集約される。
1-1. 高速運転下でのミクロンレベル精度
輪転機は秒間15~20mの紙送り速度で動作しながら、版面の位置合わせ(見当)を行う。にもかかわらず、4色フルカラーでの色ズレは許容されない。
高速で揺れる紙に対して、紙伸び計算、張力制御、インフィード・アウトフィードの補正をリアルタイムで行う機構は、まさに精密機械工学の領域である。
1-2. 高速回転体のメカ設計と振動管理
版胴・ゴム胴・インキロール群は高速で回転し、わずかな偏心が全体の品質に影響する。
振動解析、バランス取り、軸受選定、熱膨張の計算など、航空機やタービン設備に近いレベルのメカ設計が求められる。
1-3. 紙という“不安定な材料”を高速制御下で扱う難しさ
紙は伸びる・縮む・湿気を吸う・破れるという極めて扱いにくい材料である。生産ラインでは湿度・温度まで含めた環境制御を行いながら、張力と見当を維持する必要がある。
この制御は、金属材料や樹脂を扱う通常の生産設備よりはるかに難易度が高い。
メカ・電気・制御の複合技術が凝縮された工程
新聞印刷設備は、単なる「機械」ではなく、**複数分野の技術が一体となって初めて成立する“総合システム”**である。
2-1. 電気制御 ― PLC・サーボ・フィードバック制御の極致
輪転機は数千点規模のセンサーとアクチュエータで構成され、PLCや産業用制御ネットワークで一括制御されている。
特に高度なのは以下の領域である。
見当制御(レジスター制御):CCDカメラとサーボを用いた高速フィードバック
張力制御:トルク制御・PID補正・巻き出し巻き取りの同期制御
自動化機構:版交換(ATP)、折機制御、部単位の紙管理
これらは一般産業設備と比較しても制御点数が多く、同期性や応答速度はトップクラスである。
2-2. メカ設計 ― 高速回転体・搬送・折り加工の統合技術
輪転機は「印刷 → 乾燥 → 折り → 仕分け」という工程が連続一体で進行する。
この連続性を成立させているのが、高速搬送技術と折機の巧妙なメカ設計である。
新聞折機(フォルダー)は、紙を切り、折り、束にまとめる複雑機構であり、紙の流れを止めずに処理するため、処理点は多数の「ロール・ベルト・シリンダー」が誤差なく連携して動作する必要がある。
2-3. 電気・メカを支える品質管理技術
新聞工場は、印刷物の色調・濃度・紙面ムラなどを定量管理するため、分光器やカラースキャナ、密度計を用いた品質管理を行う。
色調制御・水インキバランス・紙粉管理・ローラー圧調整など、職人技と数値管理が高度に共存する領域である。
新聞印刷が産業技術として特異な理由
新聞印刷技術は、他の製造業と比較すると以下の点で独自性がある。
3-1. 24時間稼働前提の「止められない設備」
深夜帯の限られた時間に数十万部を刷り上げるシステムであるため、
- 故障しない設計
- 即時復旧が可能な冗長化
- 現場技術者の高度なトラブル対応力
が要求される。これらは、電力インフラやデータセンターに近い「ミッションクリティカル設備」の思想に通じる。
3-2. “毎日が量産試作”という極端な変動性
新聞は日替わりで内容が変わり、その都度版を換え、印刷条件を最適化しなければならない。
通常の工場のように同一製品を大量生産するのではなく、日々異なる製品を高速量産する特殊な技術体系である。
3-3. 最終製品の品質が“人間の目”で評価される
新聞は一般家庭で読まれるため、わずかな色ズレやスミ濃度の乱れも読者に気付かれる。
そのため、品質基準は極めて厳しく、かつ主観的評価を含む。
この難しい基準をクリアするための現場調整と技術力は、他業界の技術者が驚くほどの総合力を必要とする。
斜陽と呼ばれる産業にこそ眠る「高度な技術資産」
新聞印刷工場は、技術の統廃合が進む現在でも、現場技術者の技能と理論が蓄積された“高度技術の宝庫”である。
- 高速・高精度のメカトロ設備を扱う能力
- 電気制御(PLC・サーボ・フィードバック制御)の深い理解
- 材料(紙・インキ)と環境条件(湿度・温度)を含めた複合的問題解決力
- 短時間でのトラブル復旧・工程改善力
- メンテナンス・設備診断の高度スキル
これらは産業界全体で求められる技術であり、新聞印刷に関わってきた技術者が他分野でも活躍できるのは当然と言える。
結語 ― 産業の盛衰より、技術の深さに光を当てるべき時期
新聞業界を取り巻く環境は厳しい。だが、設備産業としての新聞印刷は、依然として高度な技術の集合体であり、その複合性・精密性・運転技術は世界でも指折りのレベルにある。
「斜陽産業」という言葉だけで語るのではなく、
“高度技術が凝縮された産業”として再評価する視点こそ、今求められているのではないか。
新聞印刷は、産業の成熟とともに培われた日本の技術文化の一部であり、その経験と技能は今後も多くの産業に応用可能な貴重な資産である。


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