違う場所で咲くことができたという話
「置かれた場所で咲きなさい」という言葉がある。
しかし、私はその言葉を、ある時期から素直に受け取れなくなった。ぶっちゃけ好きではない。
なぜなら、「置かれた場所」が、誰にとっても「咲く」ことが可能な環境とは限らないことを、身をもって理解したからである。
咲けない場所
私は数年前、ある組織に所属していた。職務内容は技術系であり、決して世間的に知られたブラック企業というわけではなかった。しかしその内部には、構造的な問題が静かに積み重なっていた。
過剰な告げ口が横行していた。
誰かがほんの些細な言動を見つければ、それがすぐに上司に伝わる。
少し席を外した後に、もしくは有給休暇空けに出社したら言われもない注意を受ける。そんな日常の繰り返しだった。
その伝え方は改善を目的としたものではなく、「自分は正しい位置にいる」ということを示すための道具として使われていた。
そのため、どこであっても表情一つ気を抜けなかった。人間が本来持つ「素でいる時間」が奪われていた。
給与待遇も良いとは言えなかった。
給与待遇も良いとは言えなかった。
世間では「技術職は長く働けば待遇は自然と向上する」といった幻想が語られることがある。しかし現実は、会社の収益構造や評価制度が改善されなければ、どれだけ努力しても報われることはない。
私は裁量労働制の下で働いていたが、実際には毎月80時間程度の残業を行っていた。
月に80時間奉仕した代償の裁量労働手当は、2万円弱と不当と言ってもいいくらいの金額だった。
裁量労働制と名が付いていても、裁量は名目上であり、実態は時間管理のない長時間労働に等しかった。さらに、ある時期から私は「容易すぎる業務ばかり」を過剰に与えられるようになった。
それは能力の評価としてではなく、「扱いやすい存在として固定化すること」を目的とした措置であったと思う。
難しい案件や学びにつながる仕事は他者に割り当てられ、私には最低限の単純作業が繰り返し回される。
「成長の機会を奪われる」という状況に耐えることの方が難しい。
人間は単純作業そのものより、「成長の機会を奪われる」という状況に耐えることの方が難しい。
自己否定ではなく、他者の恣意的な判断によって機会が抑制されていると認識してしまうと、心は少しずつ摩耗する。
ある朝、私は思った。
「この場所で咲くことは、努力の問題ではなく、環境の問題ではないか」と。
その問いは、一度生まれると消えることはなかった。
転職を決断した際、周囲の一部は「逃げだ」と評した。
しかし、私は逃げるのではなく、生き延びることを選んだだけである。
こんなことを書いたら大げさかもしれないが身の危険すら感じていた。
人間には環境を選ぶ権利がある。
人間には環境を選ぶ権利がある。
「どこでも咲ける人が優秀なのではなく、咲ける土壌を正しく選べる人が健全」なのだと、今ならはっきり言える。時間を巻き戻してかつての自分に言ってやりたいくらいだ。
新しい環境に移ってから、私は驚いた。
人間関係は穏やかで、業務に関して必要な調整は「建設的に」行われていた。
質問をすれば嫌味なく教えられ、改善提案をすれば真面目に検討された。
この当たり前の循環が、以前の職場では成立していなかった。
給与も改善した。
残業は適切に管理され、成果は公正に評価された。
「努力が無駄にならない」という事実は、心を大きく支える。
そして何より、失われていた「学びと成長の手応え」が戻ってきた。
単純作業ではなく、課題のある案件に積極的に関わらせてもらい、現場で判断を委ねられる場面も増えた。
思考し、検討し、実行し、結果を振り返る。これらの過程にある苦労ですら健全なものと思える。
そしてその積み重ねは自然と組織の中での信頼となった。
結果として、私は主任へ昇格した。
「役職」に特別な意味を持たせるつもりはない。
しかし、あの職場に居続けていた自分には、おそらく届かなかっただろうと思う。
評価とは、環境が違えばまったく別の形をとる。
自分の価値が変わったのではなく、価値を公平に見ようとする人々に出会えただけだ。
私は今、静かに、しかし確かに咲いていると思う。
それは「努力したから」だけではない。
正しい土壌を選んだからだ。
「置かれた場所で咲けなかったこと」は恥ではない。
「置かれた場所で咲けなかったこと」は恥ではない。
それは、土が悪かっただけだ。
人は、違う場所に根を下ろしてもよい。
そして、その選択は決して逃避ではなく、自己尊重である。
私は違う場所で咲いた。
そのことを、堂々と記しておきたい。
同じような境遇にいる誰かのために。
何度も言う「置かれた場所で咲けなかったこと」は恥ではない。
違う場所で咲けばいいだけだ。


コメント