――「悪くはない」が「責任に見合ってはいない」という現実
電気主任技術者という資格・職務について語るとき、必ず出てくる問いがあります。
「待遇は良いのか?悪いのか?」
結論から言えば、この問いに対する最も正確な答えはこうです。
悪くはない。だが、決して責任に見合って良いとは言えない。
これは愚痴でも被害者意識でもありません。
構造を冷静に見れば、むしろ「そうならざるを得なかった理由」がはっきり見えてきます。
本記事では
電気主任技術者の待遇の実態
なぜ「割に合わない」と感じやすいのか
それでも必要不可欠な職種である理由
そして、社会としてどう変えていくべきかを、丁寧に整理していきます。
電気主任技術者の待遇は「平均以上」だが「突出していない」
まず前提として、電気主任技術者の待遇は決して低賃金ではありません。
- 一般的な事務職・現業職と比べれば高め
- 資格手当が付くケースも多い
- 定年以降も安定して働ける可能性が高い
こうした点だけを見ると、「恵まれている職種」に見えるのも事実です。
しかし、ここで必ず考えなければならないのが責任の重さです。
責任の重さは「法的・社会的」に極めて重い
電気主任技術者は、単なる技術者ではありません。
法律で責任を負う立場です。
電気事業法に基づく選任義務
事故が起きれば管理責任を問われる重大事故では、最悪の場合「刑事責任」にまで発展する可能性があります。
これは、一般的な技術職とは明確に異なる点です。
しかも、
- 事故が起きなかったとき → 評価されない
- 事故が起きたとき → 責任は重くのしかかる
という非対称な構造を持っています。
つまり、「何も起こさないこと」が仕事なのに、何も起こらなければ評価されないという職種なのです。
なぜ「割に合わない」と感じやすいのか
電気主任技術者が「待遇が良いとは言えない」と感じる理由は、主に以下の3点に集約されます。
① 責任の個人集中構造
組織で仕事をしていても、最終責任は「主任技術者個人」
判断を迫られる場面では、常に「名前」が紐づく
② 業務範囲が曖昧で広すぎる
- 保安監督
- 点検計画
- 工事立会
- 事故対応
- 書類作成
- 行政対応
どこまでやるべきかが現場ごとに異なり、業務が膨張しやすい。
③ 評価が「見えにくい」
トラブルを未然に防いだ成果は可視化されない
コスト削減や稼働率向上のような分かりやすい指標が少ない
結果として、責任は重いが、評価と報酬は伸びにくい
という状態に陥りやすくなります。
それでも「悪くはない」と言える理由
ここまで読むと、かなり厳しい職種に見えるかもしれません。
それでも「悪くはない」と言える理由も、確かに存在します。
- 社会インフラを支える実感がある
- 技術者としての尊厳がある
- AIや自動化では簡単に代替できない
- 年齢を重ねても必要とされる
特にこれからの時代、電気を安全に使える状態を維持する人材の価値は、確実に上がっていきます。
問題は「個人の努力」で解決できないこと
ここで重要なのは、
この問題は「本人の頑張り」や「意識の高さ」では解決しないという点です。
- 責任の重さ
- 法制度
- 社会的認識
- 料金体系
これらはすべて構造の問題です。
個人がいくら努力しても、責任が軽くなるわけでも評価制度が変わるわけでもない。
だからこそ、世の中的に変えていく必要があるのです。
これから必要なのは「守る・育てる・正しく評価する」流れ
今後、社会として必要なのは次の3点です。
① 電気主任技術者を「消耗させない」設計
- 業務範囲の明確化
- 複数人体制・チーム化
- 判断を一人に押し付けない仕組み
② 正当な報酬と評価
- 責任の重さを反映した報酬設計
- 「事故ゼロ」を評価する指標
- 名義だけでなく実務に対する対価
③ 若手が目指せる職業としての再定義
- ブラックなイメージの払拭
- キャリアパスの可視化
- 教育と支援の体系化
おわりに:この仕事は、軽く扱われていいものではない
電気主任技術者は、誰かが失敗しないように、誰かが困らないように、今日も何も起こらない状態を守っている仕事です。
その価値は、事故が起きてからでは遅い。
だからこそ、
「悪くはないが、責任に比べて良くはない」
という現実を、まず正しく言語化する必要があります。
そして、この仕事を続けたい人が、胸を張って続けられる社会にすること
それが、これからの世代に対する最低限の責任なのだと思います。
電気主任技術者の仕事とは何かを以下の記事で書いております。お時間ある時にどうぞ



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