電気主任技術者は「名義貸し」にならざるを得ないのか

──個人の問題ではなく、構造の問題として考える

電気主任技術者という仕事について語るとき、必ずと言っていいほど出てくる言葉がある。

それが「名義貸し」という、非常に重く、しかし現実的な言葉だ。

本来、電気主任技術者は電気設備の安全を担保する最後の責任者であり、名義だけを貸して現場を見ない、関与しないという行為は、法令上も倫理上も許されるものではない。

しかし現実には、月に一度しか現場に行けない。実質的な運転・保全は別の担当者が行っている。異常があっても報告ベースでしか把握できないという状況に置かれ、「名義貸しに近い状態」に追い込まれている電気主任技術者が存在することも、否定できない事実である。

重要なのは、これは「個々の主任技術者の意識が低いから」ではなく、制度と産業構造がそういう状態を生みやすいという点だ。

そもそも「名義貸し」とは何を指すのか

まず整理しておきたい。

厳密な意味での「名義貸し」とは、

  • 実質的に設備を管理していない
  • 現場にも行かない
  • 点検・判断・指示に関与しない
  • それでも主任技術者として届出だけしている

という状態を指す。

一方で、現実の多くは、形式上は点検・助言をしている。しかし関与できる時間・情報・権限が極端に限られているというグレーゾーンにある。

この「グレーゾーン」がなぜ大量に発生するのか。

そこには、電気主任技術者制度が抱える構造的な歪みがある。

構造①:設備数に対して主任技術者が圧倒的に不足している

まず最も大きな要因はこれだ。

高圧・特別高圧受電設備は全国に膨大に存在する一方で、電験二種・一種の保有者は限られている

三種で対応できない設備も多い結果として、

「1人の電気主任技術者が、複数の事業所を掛け持ちする」

という前提で制度が回っている。

これは制度上認められているが、現実問題として、

  • 全設備を深く把握することは不可能
  • 常駐での管理はできない
  • トラブル時に即応できない

という状態になりやすい。

つまり、

制度そのものが「薄く広く」関与することを前提にしている。

構造②:保安業務外部委託制度が「責任の分断」を生む

多くの需要家では、

電気主任技術者を自社で抱えず、

  • 外部の保安法人
  • 個人の主任技術者

に業務を委託している。

ここで問題になるのが、責任の所在だ。

  • 日常点検:需要家側
  • 運転操作:現場担当者
  • 改修工事:工事会社
  • 保安判断:電気主任技術者

と、役割が細かく分断されている。

その結果、情報が断片的にしか入らない。設備の「癖」や履歴が共有されにくい。判断だけを求められる立場になるという構図が生まれる。

これは、責任だけが集まり、権限と時間が集まらない状態だ。

構造③:需要家側の「電気は止められない」という現実

もう一つ、非常に現実的な問題がある。

それは、需要家側が電気を止めたくない、止められないという事情だ。

  • 工場は止められない
  • データセンターは無停止が前提
  • 病院・商業施設も簡単には止められない

その結果、

  • 本来止めて確認すべき点検が延期される
  • 応急対応で済まされる
  • 主任技術者の判断が形骸化する

ということが起きる。

ここで主任技術者は、

「止めるべきだ」と言えば嫌われ、「仕方ない」と言えば責任を負う、非常に不利な立場に置かれる。

構造④:報酬と責任のバランスが取れていない

率直に言えば、

責任が重すぎる割に、報酬(給料)が見合っていないというケースも少なくない。

事故時の責任は重い

行政対応も求められる

それでいて報酬は「年収500万円」レベル

こうなると、

深く関与するほどリスクが増えるし、形式的な関与に留めた方が自衛になるという、制度として望ましくない行動が合理的になってしまう。

これは個人の倫理の問題ではなく、インセンティブ設計の問題だ。

「名義貸し的状態」は、誰の責任なのか

ここまで見てくると分かる。

多くのケースで起きているのは、悪意ある名義貸しではなく構造に押し流された結果としての形骸化である。

もちろん、完全に関与しない、虚偽の報告をする行為は論外だ。

しかし、

  • 十分な時間が与えられない
  • 情報が上がってこない
  • 判断権限が弱い

状態で、「全責任だけは負え」と言われる制度は、長期的に見て必ず破綻する。

これから必要なのは「守る・育てる」制度設計

電気主任技術者を

「責任を押し付ける存在」から

「安全を設計する専門職」に戻すためには、

  • 担当設備数の適正化
  • 権限と責任の明確化
  • 報酬体系の是正
  • 若手育成と段階的な責任移行

が不可欠だ。

名義貸しを個人のモラル問題として叩くだけでは、何も解決しない。

必要なのは、なぜ名義貸し的状態が合理的になってしまうのかを直視し、制度そのものをアップデートすることだ。

おわりに

──電気主任技術者を「消耗職」にしないために

電気主任技術者は、本来もっと誇りを持っていい仕事だ。

しかし今の構造では、

  • 責任は重い
  • 評価は見えにくい
  • リスクは個人に集中する

という「消耗職」になりかねない。

名義貸しの問題は、その歪みが表面化した一つの症状に過ぎない。

だからこそ、この問題は現場任せにせず、社会全体で考えるべき段階に来ている。

電気主任技術者を「名前だけの存在」にしないために。

本当に安全を守れる仕事に戻すために。

電気主任技術者の仕事とは何かを以下の記事で書いております。お時間ある時にどうぞ。

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