はじめに:「定年」という言葉のない時代に生きる
かつて「60歳で引退」というのは自然な流れだった。けれど今の時代、働きたい人、働ける人は、70代でも80代でも活躍している。
現場では熟練技術者が再雇用され、設計部門ではシニア技術者が若手の壁を静かに越えていく。
体が動き、頭が冴え、そして「技術を伝えられる人」であれば、引退のタイミングは自分で決められる。ただし、何もせずに70代を迎えても、その舞台に立ち続けることはできない。
生涯現役でいるためには、「体」と「声」と「技術」という3つの柱を、若いうちから少しずつ磨いていく必要がある。
第一章 足腰の強さは“技術者の根”である
● 歳を重ねるほどに「立ち続ける力」が問われる
70代、80代になっても働くというのは、結局「自分の足で立ち続けること」だ。
電気や機械、制御、建設、製造、どんな職種であれ、
机に向かうにも、現場を歩くにも、腰と足がしっかりしていなければ何もできない。
身体が弱ると、心まで弱る。
少しの段差が怖くなり、移動が億劫になり、外に出る回数が減る。
それが生活のリズムを崩し、気力までも奪っていく。
だから、足腰は単なる「筋肉の問題」ではなく、生きる意欲そのものを支える根だと思ってほしい。
● 日常の中に“足腰トレーニング”を埋め込む
何もジムに通う必要はない。日常の中でできることを、いかに意識して続けるかが大切だ。エスカレーターではなく階段を使う
・駅や社内で少し早歩きを意識する
・しゃがむ・立つを繰り返す
・買い物の荷物を「自分の筋トレ」と思って持つ
この積み重ねが、歳を取るほどに差を生む。また、姿勢を正すことも極めて重要だ。背中を丸めて下を向く時間が長いと、肺の容量も減り、呼吸が浅くなることで集中力も落ちる。
「技術者の集中力は、姿勢から生まれる」
そんな意識で日々の立ち姿・座り姿を見直してみるといい。
● 骨と筋肉の“メンテナンス”を習慣化する
年齢とともに骨密度が低下し、転倒が命取りになる。足腰を維持するためには「筋肉+骨+栄養」の3点を意識すべきだ。
・日光を浴びてビタミンDを合成する
・タンパク質を意識的に摂る
・ストレッチで関節の可動域を保つ
特に“タンパク質不足”は中高年の大敵だ。筋肉が落ちると代謝が下がり、結果的に体が重く感じる。一日一度でも、魚・卵・豆腐などを積極的に摂るだけで違う。
そして何よりも「動くこと」。
人間の体は動かすことで自らを修復するようにできている。
“足腰のメンテナンス”こそ、未来の仕事力の維持そのものである。
第二章 発声と呂律を鍛えることは「社会との接続」を保つこと
● 声が弱ると、関係が途切れる
年齢を重ねると、声がかすれたり、言葉が滑らかに出なくなる。それが本人の自信を奪い、人との会話を避ける原因になることが多い。けれど、声というのは「コミュニケーションの第一装備」だ。
どんなに技術力があっても、説明できなければ伝わらない。どんなに頭が回っても、声に出さなければ価値にならない。だから、発声は単なる“話す技術”ではなく、人との接続を維持する筋肉トレーニングでもある。
● 日常でできる「声のリハビリ」
若いうちは意識せずとも声が出る。しかし、使わなければ声帯は衰える。定年を迎えてから鍛えようとしても遅い。今のうちから、簡単な習慣をつくるだけでいい。
・毎朝「あ・い・う・え・お」をゆっくり大きく発声
・新聞記事を音読する(滑舌訓練と情報収集を兼ねる)
・会話の際に“ハッキリ話す”ことを意識する
・また、歌を歌うことも非常に効果的だ。
声帯・横隔膜・口周りの筋肉を同時に使うため、呼吸と表情筋の老化防止にもつながる。
● 発声の裏にある“頭の回転”を維持する
呂律(ろれつ)が回らないというのは、実は舌の問題だけではない。脳と口の連携が鈍くなると、言葉が出てこなくなる。つまり、発声訓練は脳の再活性化にもつながるのだ。
たとえば、仕事の説明を声に出して整理してみる。技術書を音読してみる。プレゼン練習を自分一人で行う。俗に言うラバーダックデバックだ。
こうした「声に出す勉強」は、単なる暗記よりも記憶の定着率が高く、理解を伴った知識として残る。70代でも、80代でも、“伝える力”を持つ人は、仕事が途切れない。
第三章 資格よりも“誰にも負けない技術”を持つ
● 資格は入り口、技術は武器
資格は確かに重要だ。しかし、それは“扉を開ける鍵”にすぎない。扉を開けた後に求められるのは、現場で使える技術そのものだ。たとえば、電気の世界でいえば「図面を読む力」「配線の意図を理解する力」「異常を予測する感覚」。
そして、ソフト設計なら「他人が書いたロジックを解読する力」「最小限のコードで確実に動かす感覚」。これらはテキストには載っていない。毎日の実務の中で、トライ&エラーを積み重ねた者だけが持つ“生きた技術”だ。
● 技術の核心:「解読力」と「設計の勘」
ソフト設計の現場では、他人のロジックを理解できるかどうかが、実力の分かれ目になる。
目の前にPLCや保護リレーのロジックがあっても、“なぜこう書かれているのか”を読み取れなければ修正も改善もできない。技術者にとって真の力とは、「解読力」である。さらに、制御系・保護系の設計で求められるのは、理論をベースにした「設計の勘」だ。
たとえば、保護協調の検討で、CT飽和やリレーの動作時限を想定しながら、系統全体の安定性を頭の中でシミュレーションできるか。机上の理論だけでなく、「この電流は現場ではどう流れるか」を想像できるか。この能力こそ、年齢を重ねても失われない“技術の中核”である。
● 保護協調解析に見る“熟練技術者の味”
保護協調(Coordination Study)というのは、単に整定値を計算する作業ではない。電流の性質、遮断器の動作時間、CT・VTの特性、そして事故時の系統挙動を“現場感覚”で読む。
これを正しく判断できる人は少ない。だからこそ、長年培った経験が光る。もしあなたがこの技術を身につけていれば、70代でも引っ張りだこになる。現場では「数値より感覚が分かる人」が圧倒的に強いからだ。
● 技術の幅を広げる:「貪欲な学び」が老いを遠ざける
技術というのは静止していない。PLCも通信規格も、IEC61850やクラウド制御も、数年ごとに常識が塗り替わる。若手が新しいツールを使いこなす一方で、ベテランが過去の知識だけに固執してしまえば、「経験値の化石」になってしまう。
しかし、70代でも新技術に興味を持ち続ける人は、本当に若い。新しい展示会やセミナーに顔を出し、技術展示に触れ、自分の中の引き出しを更新する。東京ビッグサイトのような国際展示場のイベントには、今の産業がどこへ向かっているかの“未来の地図”がある。
新しいセンサー、AI制御、再エネ設備、クラウドPLC…。
それを見て「自分ならこう使える」と考えるだけでも、
脳が活性化し、仕事の新しいアイデアが生まれる。
“貪欲に学ぶ姿勢”こそ、最高のアンチエイジングである。
第四章 “生涯現役”を支える生活習慣
● 規則正しい生活が集中力を守る
技術者の敵は「集中力の低下」だ。その原因の多くは、生活の乱れにある。夜更かし、暴飲暴食、運動不足、そしてストレス。これらが積み重なると、記憶力が落ち、手先が鈍る。だから、70代になっても働きたい人ほど、**「生活の設計」**を大事にしてほしい。
・朝は同じ時間に起きる
・軽く体を動かす
・朝食を抜かない
・仕事の合間に水分をこまめに摂る
たったこれだけで、脳の回転は驚くほど違ってくる。
● 人と会話することが最大のリハビリ
定年後に急激に衰える人の多くは、人と話さなくなる。会話を通して、脳は刺激を受け、感情が動く。仕事で培った知識を後進に話すことは、自分の頭の中を整理する最高のリハビリになる。
技術指導や社内教育、若手との雑談――
そうした時間が、自分の“存在価値”を再確認する場にもなる。
● 小さな成功を積み上げることが「生涯現役」を支える
人は「もういい歳だから」と思った瞬間に老ける。年齢ではなく、挑戦をやめた瞬間に老化が始まる。昨日できなかったことが今日できた。新しい機能を理解できた。若手に教えたら「なるほど」と言われた。
そんな小さな成功体験の積み重ねが、次の一歩を踏み出すエネルギーになる。終章 老いを恐れず、学びと身体を積み重ねる70代、80代でも現役で働ける人に共通するのは、「今日を積み上げる力」だ。
特別な運動も、奇抜な健康法もいらない。日々の姿勢、発声、好奇心、技術の研磨。それを一日も欠かさず続けた人だけが、“現役”という称号を手にし続けられる。
おわりに:仕事を通して老いを超える
歳を取るというのは、経験が増えることだ。
けれど、ただ年齢を重ねるだけでは「衰える側」になってしまう。
自ら動き、学び、伝える人は、
70代でも社会の一線に立ち続ける。
足腰を鍛え、声を磨き、技術を研ぎ澄ます。
それが、どんな資格よりも強い“生涯現役の保証書”だ。



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