電力設備の信頼性要求が年々高まりを見せる中、保護継電器(IED:Intelligent Electronic Device)の冗長化は、もはや高度な変電所に限らず一般的な受変電設備においても検討されるべき重要事項となっている。特に、IEC 61850 を前提としたデジタルサブステーションにおいては、論理的な通信経路の多重化、保護アルゴリズムの独立性、さらには電源系統や入出力の独立性に至るまで、従来とは比較にならない精緻な冗長設計が求められる。本稿では、IEC 61850 の精神に基づき、保護継電器の冗長化設計と選定における要点を整理するとともに、制御電源の分離方針についても論じる。
1. IEC 61850 における冗長化の基本思想
IEC 61850 は、単なる通信プロトコル規格ではなく、「システム全体の相互運用性と信頼性向上」を理念として制定された国際標準である。特に保護機能に関しては、以下の 3 層で冗長化を考えることが要求される。
(1) デバイス層の冗長化(Main1 / Main2)
保護継電器を 2 系統(Main1・Main2)で構成し、原理・メーカー・ロジックを可能な限り分離することで、同一要因による同時故障を防止する。
IEC 61850 ではベイ単位の保護・制御モデルが策定されており、Bay Control Unit(BCU)と保護 IED の機能区分が論理的に明確化されるため、Main 系保護は完全独立であることが理想である。
(2) 通信系の冗長化(IEC 62439-3 PRP / HSR)
IEC 61850 サブネットワークは、特高級変電所においては原則 PRP(Parallel Redundancy Protocol)または HSR(High-availability Seamless Redundancy)による無瞬断冗長化を実装する。
GOOSE メッセージおよびサンプル値(SV)は遅延・損失が許容されないため、IEC 62439-3 に基づく無瞬断冗長が実務的には必須となる。
(3) プロセス層の冗長化(MU / CT・VT 系統の多重化)
MU(Merging Unit)を使用する場合、CT・VT の系統ごとに MU を二重化することで「一次機器 → MU → IED」までを完全な冗長ルートとする。
IEC 61850-9-2LE では、SV を受ける IED 側は複数ストリームを同時受信し、異常値判定を行う機能を備えることが推奨されている。
2. 保護継電器の冗長化構成(Main1 / Main2)の実務設計
冗長構成の要件は変電所の電圧階級により異なるが、一般的には以下の方針が採用される。
(1) 原理冗長(Different Principle)
片系を距離継電(21)、他系を方向過電流(67)または差動(87)とするなど、異なる保護原理を採用することで共通故障の排除を図る。
→ 例:線路保護における Main1(距離)+Main2(線路差動)
(2) メーカー冗長(Different Vendor)
同一メーカーの設計思想・共通ソフトウェアに起因する同時故障を避けるため、可能であれば Main1 と Main2 は異なるメーカーとする。
→ 特に重要度の高い系統(変電所母線保護・特高線路保護)で採用が多い。
(3) I/O 冗長・入出力独立
I/O カードの故障が系統全体の停止に直結しないよう、Main1/2 のトリップ出力・閉路入力は完全に独立したルートで結線する。
IEC 61850 化してもトリップ出力はメタルケーブルが基本であり、出力リレーの独立性は必ず確保すべきである。
3. 保護継電器の選定機種における基準
保護継電器の選定は、IEC 61850 対応の有無だけではなく、以下の観点で総合的に評価する必要がある。
(1) IEC 61850 Ed.2 対応
現在の標準は Edition2 であり、
- サーバモデルの拡張
- セキュリティ機能の強化
- GOOSE/SV の信頼性向上
- を前提とした選定が必須である。
(2) GOOSE / SV のネイティブサポート
保護用途向け IED では、GOOSE 受信 → 保護アルゴリズム → トリップ出力までの遅延が明確に仕様として提示されていることが望ましい。
特に SV 対応の場合は、μs オーダーでの処理性能が求められる。
(3) 冗長通信ポートの構造
PRP/HSR に対応し、LAN A / LAN B の双方が完全独立ポートであるかを確認する必要がある。
ソフトウェア冗長のみの場合、障害時に外部 SW の影響を受けるため推奨されない。
(4) 保護機能と制御機能の明確な分離
BCU と保護 IED を分離する「ベイ分割モデル」に沿った機器選定が望ましい。
一体型 IED は保護と制御が同一 CPU のため、保護専用機より故障モードが広がる傾向がある。
(5) サイバーセキュリティ対応
IEC 62351(電力系統制御のセキュリティ標準)に準拠した機器が望ましく、
- Role-Based Access Control (RBAC)
- Syslog
- Secure GOOSE
等のサポート状況を確認すべきである。
4. 制御電源(DC110/125V 系)の冗長化方針
冗長化を検討する場合、制御電源の二重化は避けて通れない重要論点となる。IEC 61850 では電源冗長について明確な数値規定はしないものの、「独立性と共通故障排除」が前提理念である。
(1) 制御電源の二重化(DC1 / DC2)
Main1 IED と Main2 IED を異なる DC 系統から給電することが原則である。
同一制御電源に依存する場合、
- DC 配電盤故障
- 過電圧・瞬低
- アースフォルト
などにより両系が同時故障するリスクが生じる。
(2) DC 盤自体の冗長化
上位変電所では、直流盤自体を二重化し、
- 充電装置(チャージャ)
- 蓄電池
を完全独立で構成するケースが一般的である。
(3) 制御回路の分離(Trip/Close 回路の分離)
トリップ回路の直列要素が共通化すると、Major Failure 時に両系が同時失効する。
そのため
- トリップリレー
- トリップ回路ヒューズ
- トリップコイル(可能なら二重化)
- を Main1/2 で分離することが望ましい。
(4) MU・プロセスバス機器の電源分離
MU が停止すると SV が切断され保護が成立しないため、MU への電源供給も系統別に分割する。
5. 冗長化設計における留意点と課題
IEC 61850 を用いた冗長化は高度化する一方、従来のメタル配線系と比較し、以下の課題を念頭に置く必要がある。
(1) 論理的結線の複雑化
通信ベースの保護・制御は、VS(バーチャルスイッチング)や GOOSE サブスクリプションの設定ミスにより想定外の挙動を招く可能性がある。
(2) 試験方法の高度化
従来は端子に電流・電圧を注入すれば試験可能であったが、IEC 61850 システムでは
- SV ルート
- GOOSE マッピング
- 通信冗長構成
を含むシナリオ試験が必要となり、試験工数が増大する。
(3) 共通仕様とメーカー固有仕様の混在
IEC 61850 は標準化されているものの、
- データモデルの実装
- GOOSE 制御ブロック
- セキュリティ設定
などはメーカー間で差異があり、Main1/2 のメーカー冗長には高度なエンジニアリングが求められる。
6. まとめ:IEC 61850 時代の冗長化は「物理+論理+電源」の三位一体で考えるべき
IEC 61850 のデジタルサブステーションにおいては、冗長化の概念が従来の
「機器を二重化する」
から
「機器・通信・電源・プロセスバスの全階層を統合的に冗長化する」
へと大きく変化している。
物理的冗長(Main1/2 IED、MU、I/O)
通信冗長(PRP/HSR、GOOSE/SV の二重配信)
電源冗長(DC1/DC2、トリップ回路の分離)
これらを総合的に満たすことが、現代の保護システムに求められる「高信頼性・高可用性」の本質である。
IEC 61850 は単なる通信規格ではなく「冗長化の設計哲学」を含む標準であり、その理念を正確に理解して設計に反映させることが、今後の電力設備における技術者の責務であると言える。



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