なぜ日本の受変電設備にアークダクトが無いのか

―「事故を想定しない文化」と「事故を前提にする文化」の違い ―

はじめに

海外の配電盤やスイッチギヤのカタログを見ると、よく出てくる言葉がある。

Arc duct

Arc-resistant switchgear

つまりアーク事故が起きたときに、炎や圧力を外へ逃がす構造だ。ところが日本の受変電設備では、この「アークダクト」をほとんど見かけない。特別高圧設備を見学しても、高圧盤を見ても、

「あれ?ついてないな…」

と思う人は多い。

これは偶然ではない。そこには、日本独特の設備思想がある。

日本の設計思想は「事故を起こさない前提」

日本の受変電設備は、長年こう考えられてきた。

  • 絶縁距離を十分に取る
  • 頑丈な金属閉鎖構造
  • 定期点検を重視

人が操作するときは必ず停電つまり、

❌ 事故が起きたときどうするか

⭕ 事故を起こさないことが最優先

という思想だ。アークダクトは「盤内で爆発が起きる」ことを前提にした装置である。この“事故を前提にした設計思想”自体が、日本の受変電文化とは相性が悪かった。

法規・規格で要求されていない

海外では、

  • IEC 62271(耐アーク規格)
  • IEEE
  • UL
  • NFPA 70E(アークフラッシュ)

などで、人が近くにいる設備ではアーク事故時の被害を考慮せよという考え方がはっきり示されている。一方、日本では、

  • 電気設備技術基準
  • JIS
  • 内線規程

に、「耐アーク構造にせよ」「アークダクトを設けよ」という明確な要求は、ほぼ存在しない。結果として、

✔ 付けなくても違法ではない

✔ 仕様書に書かれない

✔ コストダウンで削られる

という流れになる。技術というより、制度が後押ししていないという側面が大きい。

日本の受電室は「物理的に余裕がある」

日本の工場やビルの受電室は、

  • 天井が高い
  • 通路幅が広い
  • 盤と人の距離が取れる

ケースが多い。つまり、仮に盤が破裂しても人に直撃しにくい設計になっている。一方、欧米では、受電室が狭く壁際に盤を密集配置し通路が狭いというレイアウトが多い。結果として、

👉 欧米:

「人に当たる」前提 → アーク対策必須

👉 日本:

「そもそも人が近くにいない」設計

という違いが生まれた。

国内メーカーが“標準装備”にしなかった

海外メーカー(ABB、Siemens、Schneiderなど)は、

  • Arc-resistant
  • Type 2B
  • Internal Arc Tested

といった性能を前面に出す。一方、日本メーカーは長らく、耐アーク試験を売りにしないダクトは特注対応で標準仕様に含めないというスタンスだった。結果として、設計者も「アークダクトを付ける」という選択肢を思い浮かべないという状態が続いた。これは技術力の差ではなく、市場の要求の差である。

特高設備では「そもそも人がいない」

特別高圧設備(22kV, 66kV, 154kVクラス)は、

  • GISが多い
  • 操作頻度が低い
  • 運転中は立ち入り禁止
  • 点検は停電作業

という運用が前提になっている。つまり、事故が起きる瞬間に人がいない前提の設備なのだ。このため、人命保護目的のアークダクトが

👉 優先順位として低い

という事情もある。むしろアークダクトが多いのは、

  • 高圧6.6kV盤
  • 大電流低圧盤
  • データセンター設備

といった人が操作する設備側である。

日本は「事故後」を語らない文化

日本の技術文化には、どこか事故は恥で起きてはいけない。起きたら責任問題という空気がある。だから、「事故が起きたらどうなるか」「起きた時に人は守れるか」を構造として語ること自体が、あまり表に出てこなかった。しかし海外では、事故は起きるだから被害を最小化するという思想が前提になっている。

アークダクトの有無は、この文化の差の象徴とも言える。

それでも状況は変わりつつある

最近、日本でも次の分野ではアークダクトや耐アーク盤が導入され始めている。下記の設備で採用が多くなっている。

  • データセンター
  • 外資系工場
  • 防衛・重要インフラ
  • 地下受電室
  • 海外仕様案件

背景には:

短絡容量の増大や無人化運転、IEC規格の流入にリスク評価文化の浸透がある。つまり、日本の受変電設備も「事故を前提に設計する」フェーズに少しずつ入ってきているということだ。

まとめ

アークダクトが無い理由は「遅れている」からではない日本の受変電設備にアークダクトが少ないのは、

❌ 技術力が低いから

❌ 危険を軽視しているから

ではない。むしろ、事故を起こさない設計をして広い受電室で手厚い点検をしながら人が近づかない運用という別の安全思想で成り立ってきた結果である。

しかしこれからは、事故はゼロにできないだから事故が起きても人を死なせない設計が必要という思想も、確実に必要になってくる。アークダクトは、日本の設備文化が次の段階に進む“象徴的な装置”なのかもしれない。

あとがき

アークダクトは単なるダクトではない。それは、技術者が「最悪の事態」を想像できるかどうかを問う装置だ。事故を起こさない努力と、事故が起きた時の備え。

この両方を考えることが、これからの受変電設備の“安全設計”なのだと思う。

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